昭和39年12月13日 朝の御理解
「100とみて50ある花の盛りかな、100とみて50ある花の盛りかな」
元気な心で信心せよということを教えられる。そんな句を用いられた甘木の親先生の御理解の中にあるんです。もう降りるなと、とこう、老け込んでしまわん、50はまだ花の盛りだと、人生を100とみて、まあだ50は花の盛りだと。お互いが元気な心で信心させて頂きませんと、本当のことに触れることができません。本当の信心の有難さに触れることができません。
あたくしが今日思わせて頂きますのに、難儀に相対する、と。難儀に打ち向かう、と。難儀と対決するということがです、例えば、今日は大変、寒がひどいようですけれども、その寒に打ち向かうということ。寒と対決するということ。それが元気な心だと思う、ね。
はあ冷たい冷たい、寒い寒いとこう震え上がっておることは、相対しておるのではない。もうすでにそれに負けておるのである。いつまでこんな難儀をするんじゃろうかという中には、もうその難儀に負けておるのである。その難儀に本気で取り組むというか、対決するという、その対決なくしてはです、あたしほんとのところには出ることもできない、それに会うこともできないのでしょう。
昨日の朝の御祈念の後に、久留米の田村(タムラ)さんがお参りしておられます。毎日参ってみえるんですが、「今朝方からほんとに有難いお夢を頂きました。有難いお夢ていうかなんか知らんけど、とにかくまあ御神夢と思われます」とこう。家族中の者で何かこう、町に遊びに出ておるという感じである。遊んで行きよるごとしてまわりよるうちに、道がどこに行っていいやら分からなくなってしまった。そこでその、人に尋ね尋ねしてその行くけれども、なかなか広い道に出られない。
あるところまで来た時に、ある女の方がおられましたから、尋ねましたところが、「はあその道ですか。その道はここをこう通らなければいけません」というて、その道を教えてくださったのがです、(?3:03~)崖になった。けれどもそこの崖の下には、ずうっとその道がついております、と。そこを出なさい、それが一番早道だ、と。
「その崖の上に大きな道路が今出来かかってるのですけれども、それがまだ出来上がっておりませんから、とにかくこの道を通られるのが一番いいです。少しその危険を感ずるような道ですけれども、決して危ないことはありません。とおりにその下の道を通っていかれるとですね、ずうっとその岸壁にですね、岩に自然のこの波が、波が洗うわけですね、波があたって、もうそのなんとも、もういわれぬような、まあ、人間の力ではできないような素晴らしい彫刻のようなものがある。それを見ていくのが、まあ見物です」と。「この道を行きなさい」というてその下の方に海岸づたい、その海づたいにある道を教えてくれた。
なるほど、その道をくだって行ったところが、もうその波がですね、道をこん道を洗っておるわけですね、どうもね、道のほうにある。だからその足が濡れるぐらいにある。けれども、そのこちらの岸壁のほうをですね、色んなその彫刻のようなものが、どうして自然はこういう素晴らしい力を持っておるだろうか、と。人間の手でども出来るどんなことじゃあない、はああと、宗教、宗教のなんか絵画を見るようなです、彫刻を見るような、例えば仏陀の姿とかですね、そのなんか宗教的な、その彫刻のようなものがずうっと、引き割るようにその自然に出来てるていうね。
その見事さ、その素晴らしさ。もう危険も忘れてそこを通っておりましたら、そこの岸壁にです、その岸壁ていうか、その海岸沿いのその岩にです、もうそれこそ大きな大きなですね、亀がその岩に抱きついとるような、ふうに彫刻ができてるじゃないですか、ね。なんという素晴らしい、もうまるきり生きたかのようだと、と言いながらそこを通っておるところで目が覚めた、と。
ね、みなさんそのお夢の中から、どういうふうに感じられますで、、。家族中でいわば町見物に行った。みなさんもあの体験があるでしょう。ね、あたくしどもも、例えば博多なら博多の町に初めて行った時、はよ見物してから、はあここは賑やかだ、ここは素晴らしいと、色んなもん、まあ、見て歩きよりますよ。ところがその(?6:57~)が分からなくなった。
ね、あんまりややこしい、その道ばかりをこう、歩き見物してまわりよるもんですから、どちらが東やら西やら北やら南すら、すら分からなくなってしまう。これがあたくしは、信心のない時の姿じゃなかろうかと、こう思う。そして迷うておるのであり、難儀をしておるのである。そこで、道を求めるのであり、道を尋ねるのである。そこにあたくしは、いろんな道を尋ねて、結局、行き着いたところは信心の道であったという事であると思うです。みなさんの場合もそうだと、ね。
難儀と感じておるのは、いうなら自分のいい加減な生活とでもいうか、わがままな生活とでもいうか、そういう生活のいうなら後始末のようなものだと。そこに道を求めて、道を教えられて、その道がです、信仰の道であったとこういうこと。ね、そして、次の大きな道に出らせて頂くということはです、大きな道に出らせて頂くということが、浸かった姿であろう、おかげを受けた姿であろうと。
誰に聞くこともいらん、迷うこともいらんような道に出れる。その道を通る道すがらにはです、やはり、難儀を感ずるけれども、その難儀はもう信心のなかった時の難儀とは全然違った難儀。足を洗うような、ほんとに足を洗われるような、足を取られるような感じに波が波打ち際に、その打ちかかっておるけれどもです、一つこちらを見ると信心の世界、ね。いわゆる信仰的な素晴らしい絵画彫刻を見るような、素晴らしさ。
しかも、そこには大きな大きな亀がです、亀がこう岩に抱き着いとるような素晴らしい、なんという自然の力、自然の働きということ。その自然の手のいわゆる鮮やかさ。いう(?9:13~)しつつ、その道を歩いておる、というのが、信心のいわば味わいを少しづつ分からせて頂いて、大きな道に出らせて頂くための、おかげを頂くための道を辿らせて頂いておる姿であろうかと思う。
みなさんどうでしょうか。その道を歩いておるでしょうか。信心の信心の御用を頂いておかげを頂いておるのだけれども、ね、そこを歩いたら波に足を取られることはなかろうかと思うてから、そこにまだ入りきらんでおるのじゃなかろうか。私は最近申します、申しておりますことの他にです、今からでも信心を頂いとかなければ、頂く時はなかよ、とあたくしは、、。
参ったり拝んだりするということだけなら、いつの時代だってできますけれども、その道をほんとに教えてくれるということは、やはりいわば、あたしがおる間でなければでけんて、あたくしは思う。なるほど、あたくしが亡くなっても、んなら、御理解なら御理科集ていうようなものがあってです、あたしは長年、いわば皆さんに聞いて頂いた、説き続けてきたことがです、残っておろうけれどもです、それはそれごとしかなかです。
いうなら、百人百様、この人その人(?10:32~)道をです、はっきり示すということはできないでしょう。ほんとの信心の味わいをいうものを分からせて頂きたいなら、ね、お徳を頂く道、おかげを頂く道、ね、そういう道を教えて頂くためにです、お互いがもう少し真剣にならにゃいけません。今頂かなきゃもう頂く時ないよ、と。(?10:55)大きな道がでけたら、もう教えられることでけんよ、とあたくしは、、。
まだ上の道、開通しとらんことが、実をいうたら有難いのだと。いうなら椛目の信心がまだほんとに開通しとらんということが有難いのだということ。ね、どんなに有難いというてもです、三代金光様の御在世中です、御本部参拝さして頂いて、ね、金光様に例えば、信心の行き詰まりとか、悩みとか、難儀というものをお届けしましてもです、もう金光様「はい、はい」だけでおかげをくださることができられたんです。
「はい」と「はい」とおっしゃるだけだったですもん。お伺いしても実にその、あまりにも深みのあるお言葉ですから、あたくしども(?)に、なかなか骨が折れるようなことだったでしょう。ね、私自身がやはりそこを通っておる。私自身が後々のいわば、そうした道を、の体験を、皆さんに聞いてもらえると(?11:58~)あたしほんとの道は分からんのじゃないか、そう思いませんか。
片一方の難儀を感じながらです、片一方はそうした信心でなからなければ味わうことができないというようなものを、見たり聞いたりさせて頂きながら、その道を通らせて頂く。そして、上の方に出るところのできる、大きな道に、を目指して、皆さんが今歩いておるというところにおらなければいけない。
それには、安武(ヤスタケ)先生の御理解の一つをお借りして申しましたようにです、元気な心が必要なのです。100とみてまだその50は花盛りだと。「100とみて50は花の盛りかな」と、(?13:02~)、まあ1週間に一遍ずつばかりの(13:09~)。ね、そういうようなね、委縮した心では難儀に対決することはできません。どうぞこれをお願いします、あれをお願いしますというような(?13:20~)信心ではだめです。
ね、例えば参拝に、例えば対決する。対決したらどういうことになりますでしょうか。ね、その(?13:45~)に取り組むならどういうことになりますでしょうか。その冷たさも寒さも飛んでしまうように、ぽかぽかしてくるじゃないでしょうか。手はかじかむようにあるけれども、その先にはです、手がぽっぽしてくるようになるじゃないですか。
ね、いかに対決が大事かということが分かる。それに取り組むということが。ね、その先にね、その先に、あたくしはおかげを頂けれるのが、もう解決ではありません。もうそれと相対しておるのではなくてです、もう相有しておるのである。それともう一つになっておるのである。一緒に、いうなら自分のものになっておるのである。いうなら、あたくしが難儀を有難いと分からせて頂くというのは、これから先なのである。そこにはもう対決なんかという気張った心はいりません。
難儀と対決させて頂くと、ね、寒さと対決させてもらう、本気で対決させて頂いたら、それは寒さでもなかった、冷たさでもなかったと、自分の心の中に暖かいものが頂けるようになる。その先に、あたくしはいつも春を感じるような、暖房装置のあるおかげというのが頂けるのじゃないだろうかと、こう思う。もうそこにはです、もう(?15:21~)極寒(?)、そこは春のような暖かさがあるわけなんです。そう、そうなって初めてあたくしは、その難儀と、難儀というものを自分のものにしてしもうて、相有す、と。(?15:39~)相対した、ね、相対するところから、相有するところにあたくしは入っていった時、初めて難儀というものを有難く頂きこなした時じゃなかろうかと思う。
有難く頂きこなすためにです、まず元気な心を持って相対しなければならないということである。相対するためには元気な心が必要であるということである。元気な心をだしてそれに相対しなければならないようなことは、あたくし共も過去において、それを作っておるということ。その田村(タムラ)さんのお夢の中から、ね、(?16:18~)をいわばさまようように迷うておる時代というものを分からしてもろうて、道を求め求めして、海岸づたい(?)道を歩かして頂こう、おかげ頂くところ頂き抜かせてもろうて、初めて有難い大きな道に出らせて頂くことができる。
ね、そして信心がどういうようなものであるかと、信心のほんとの救い、助かりということに、分からして頂けれる、気づかせてもらえるおかげを受けられると私は思うんですよね。皆さん、相対しなければいけません、まず。ね、相対するためには、元気な心が必要なのです。相対して、いうなら寒さが寒さではないということが分かるまで、この体をもって心をもって、ね、その難儀と相対して初めて神愛を感ずることができる。
ね、その神愛を感じとです、その神愛を分からしてもらった、その先にです、それを相有するところの、その難儀を相対するのではなくて、その難儀をそのものを合掌して受けられるというか、有難く受けられるというものが、この先にあるのである、と。元気な心で信心せよ、とね、「100とみて50までの盛りかな」、まあ甘木の親先生はそういうふうに教えておられますですね。おかげ(?)。